化粧品のコーナーで、女性が、色を確かめるために口紅を手の甲になぞっている。
それはとてもセクシーな仕草だった。
一つ俺も、と口紅のコーナーへ行ってみる。
まずそのグラデーションの多さに驚く。初めての世界。化粧をする人にとって赤とは、こんなにも豊かなのか。
俺の角張った手になぞられた赤い線。
うん。セクシーかもしれない。
104番をレジに持って行く。
レジのお姉さんが手の甲を見てウェットティッシュを差し出してくれた。
大丈夫です。と断って口紅をポッケに入れた。
河内宙夢&A few friends
1st album『ショップ・ファッション・ライフ』
<セルフライナーノーツ>
・前書き(アルバムについて)
このバンドを結成したのは約三年前。当時京都をフラフラしていた暇そうな友だち(と兄)を誘って、バンドを組んだ。共通点はメンバーそれぞれが強烈で面白い表現をする人たちだということ。
ギターボーカル以外は全員未経験の楽器を担当している。だからいまだにライブでトラブルは毎回だし、練習も遅刻するし、未だにコードもよく分かってない。ほんとだったらとっくに解散してるバンドかもしれない。
それでも三年も続けられたのは、メンバーそれぞれが持つ個性が合わさった時のミラクルがあるから。恥じらいなく言えばそうだろう。
ピアノの音が出なくても、エフェクターがぶっ壊れても、ベースのチューニングが合わなくても、ドラムスティックが折れても、セトリ忘れても、そんなことは関係ない。そんなミスはどうでも良いと思える瞬間が来る。どんなライブでもメンバーの歌心が混ざり合う奇跡の瞬間がある。多分その瞬間がやめられなくて続けてきた。
でもそんな瞬間を捉えてCDに閉じ込めるにはどうしたらいいだろう。自分にはまだそこを操れる自信がなかった。
そんなことを考えた時に思いついたのがプロデューサーに豊田道倫さん(以下MT)を迎えることだった。1回目は断られたけど諦めずにもう一度打診したら話を受けてくれた。鶴舞のドトールの狭い机で、二人でじっくりと話した。
アルバム作りになると、MTは想像よりも、いや想像通りに、上品で、ストイックな人だった。聴いてもらう人たちに、どう聴かせるか、何を聴かせるか、常に考えていた。何も考えていない自分は何回も怒られた。
MTに自分の散逸していたアルバムのイメージを方向づけをしてもらい、まとめ上げてもらった。
天才エンジニアの須田さんと共にバンドの音を丁寧に作り上げてくれた。
奇跡を起こしてくれたメンバーとそれを閉じ込めてくれたMTと須田さん、手伝ってくれた友人たちに感謝。
今回はそんなアルバムの曲について個人的なライナーノーツを書きました。前書きが長くなったので一曲3行(PCで)程度に。よろしくどうぞ!
1.Love Share
この曲は歌詞とメロディが同時にできた。つまり名曲。バックの音が何もなくなって、ギターソロだけ弾く部分のアイデアはMTのアイデア。ぐっと曲が引き締まって、腰の据わった曲になった。この曲でディミニッシュコードに目覚める。今作では多用。
2.恋と退屈
幸せの単調さ、不幸の豊かさについての歌。彼女と川沿いに座りながら、遊んでいる親子を眺めている穏やかな日曜日。幸せで、退屈だった。その頃周りにいた不幸な人は毎日忙しそうで、少し楽しそうな気がした。今はそんなこと思わない。まあただ「ベイベー」って言葉が入っている歌を作りたかっただけかも。ロックンローラーだから。
3.恋がしたい
歌詞中の「建設途中のマンション」とは国分寺駅近くのマンション。国分寺には昔住んでいた。当時、駅前を歩いていたら建設中の巨大なマンションの前に「建設反対!」と大書された旗が何本もはためいていた。春の日差しの中で揺れる旗とそびえる鉄骨。美しいなと思ってメモをした。あのマンションはもう完成しているだろうか。
4.Good Bye My Love
青春との訣別がテーマ。恋の過渡期、人生の岐路にできた。結構大事な曲かもしれない。別れの曲はとにかくポップなリフにしたかった。
5.さびしんぼう
京都の六畳一間で寂しくてどうにかなりそうだった時に友人におすすめされて見たのが大林宣彦の『さびしんぼう』。今でもベスト映画の一つ。すでにテーマ曲もあるけど、自分なりにこの映画のテーマ曲をつくりたかった。大林監督に聴かせたかったけど、もういない。
6.ショップ・ファッション・ライフ
表題曲。曲のタイトルは梅田の駅前ビルの案内板の文字。買い物をしている時に見かけてその時はただ良いな、と思った程度だった。しばらくしてから、作った曲の歌詞が決まらずノートをめくっていたらこの言葉に再び出会い、メロディにピッタリとハマっていった。
7.ふたり
引越し直後の、あの静かな瞬間。二人で仕事を休んで引越し作業をして、荷物を部屋にひとしきり運んで休憩している平日の束の間。これから住む街の音に耳を澄ます時間。そんな時間を思い出しながら作った。これもDdim。理想のオルガンの音を探すのに苦労した。ピッタリはまったのはカシオトーンのSK1。
8.夜を確かめる前に
作った時のことはあんまり覚えていない。結構前だと思う。歌詞が少しキザなので、恥ずかしくてライブでも滅多にやらない。本当はシングルカットしようと思っていたくらい好きな曲。一人暮らしをしていたときは、眠れない夜にポロポロとギターを弾いていて、それが夜を確かめる作業のように思えた時があった。
9.ダンスウィズユー
一時期友人たちが皆狂っていた。恋に敗れて家を失った男たちが俺の六畳の部屋に三ヶ月くらい居候していた。そんな時にコロナが流行った。男3人で出かけることもできず、狂ったように毎日恋バナをしていた。ひとしきり話を聞いたあと、一人の時間にこの曲を作って友達に捧げた。この時期にビデオ屋で一気に借りて見たデヴィットリンチの映画の影響も大きい。
10.ロマンチックに生きている
アルバム最後の曲は真正面の曲にしたかった。使った機材はフェンダーのツインリバーブとストラトのアメリカンビンテージ。ギターの音が良すぎて、こりゃ全てがバレるなとびびったけど、まあ既にバレてるから良いか。歌録りは一発OKだった。歌録りの際はMTから録音日まで一週間の禁欲の指令があった。辛かった。
<アルバム情報>
河内宙夢&A few friends
『ショップ・ファッション・ライフ』(ミロクレコーズ)
定価 2,750円
・ミロク通販
河内宙夢 & A few friends 『ショップ・ファッション・ライフ』 | Miroku records
・ディスクユニオン通販
ショップ・ファッション・ライフ/河内宙夢 & A few friends/1stフルアルバム|日本のロック|ディスクユニオン・オンラインショップ|diskunion.net
・ストリーミング 配信リンク
・アルバムダイジェスト動画
・アルバム収録曲『Love Share』PV
・レコ発ツアー 東京編
・レコ発ツアー名古屋編
ライブ予約フォーム
ママチャリに乗って少年が通り過ぎていった。やや小太りのそいつは傍目から見たらおばさんみたいだったけど、風に吹かれてる柔らかい髪の毛と不自然なサドルの高さでそれは少年だと分かった。
そのママチャリは母親のだろう。どこへ向かうのだろうか。ふと気になった。
学校は休みか。平日の朝だぞ。コンビニに行くような軽装だ。寒いのに。
でもそんな時が俺にも確実にあった。
つっかけで、母親の自転車を借りて、そのままどこまでも行けそうな。
高校生の頃に思いつきで鎌倉まで半日かけて自転車で走った。
ただひたすら漕ぎ続けた。
到着した鎌倉のドトールでコーヒー一杯だけ飲んで、そのまま往復して帰ってきてそのまま夜のバイトに行った。
自転車で走り続けなければならない日が人生には何度かある。ママチャリだと尚良い。
ふとあの少年の写真を撮りたいと猛烈に思って後ろを振り返ったけど、もうそこには少年の姿はなかった。
新しい靴を買った。17000円のナイキのエアーマックス。
今度のソロライブで履きおろすつもり。
お金はないけど、靴だけは丈夫で軽い物を履いていたい。どこまでも歩いていけるように。
10/29(日)には日出町試聴室という場所でソロライブをする。
20代前半の頃、日出町の大きい図書館によく行ってた。CDやら本やら何かと借りては図書館の上の階に持っていき、街の景色を眺めていた。一人だった。
その頃に知ったのがシンガーの加地等で、良くipodで聴きながら街を歩いていた。
その時すでに加地さんはこの世にいなかった。
視聴室で毎年行われてた加地さんの追悼ライブにも一度足を運んだ。加地さんと親交のあったミュージシャンたちが思い出を語りながら加地さんの曲を披露していた。
その追悼ライブで何故か仲良くなったおじさんにお勧めされたジョン・ファンテの『塵に訊け』という小説。離婚して、子供が二人いて、みたいな身の上話とともに熱弁されて、おじさんはちょっと泣いていた。
「すごいっすね」と酒を飲んでいなかった俺は少し引いていた。まあここまで言われたらしょうがないと翌日図書館で本を借りた。
その物語は今でも、自分の皮膚の内側でうごめいている。
今度のライブはそのおじさんに捧げたい。
歌を作り、ステージに上がる。
俺は今生きているということを伝える。
新しい靴で。