天使の連絡
虹が出てますよ、と内線で伝える。
受話器の向こうでカーテンが開く音と、小さな歓声が聞こえる。
虹を見ると、周りの人に知らせたくてたまらなくなるのは何故なのか。
昔、通りすがりのおばさんにも「虹ですよ」と突然声をかけてしまい、少し怪しまれたことがある。
SNSもいいけど、近くの人と分かち合えた時が一番うれしい。
使命を終えた感じがする。(なんの?)
虹は天使からの連絡かもしれない、とふと思う。
虹を見ると衝動的に周りへ伝えてしまう俺は、天使の連絡網に入っているのかもしれない。
天使の連絡網って、なんだか宗教団体みたいだ。
きっとその団体職員は、虹が出た日の夕暮れだけ静かに戸を叩く。
「あなたも連絡網に入りませんか。」
そんなことを考えて、ふと空を見ると虹は消えていた。

紫陽花コレクター
今年はやけに紫陽花を見る。特段、紫陽花が好きというわけでもない。
むしろ昔はあんまり好きじゃなかったかも知れない。
ジメジメとした季節の路地裏に咲いているその花を、以前は大して気にもとめていなかった。
2年前から妻と横浜の少し辺鄙なところに住んでいる。
実家は車で20分ほどなので、高齢の親の代わりに、仕事の早番の時など、たまに実家に帰って犬の散歩をするようになった。
20代前半まで住んでいた地元から少しだけ距離を置いた生活。私にはもう違う家族が居る。そんなどこか俯瞰した気持ちで昔育った街を散策していると色んな発見がある。
街のそこかしこにある思い出に辟易しながらも、少しずつ変わっていく街並みやすれ違う人たちを、どこか先輩面して歩いていると、紫陽花が綺麗に咲いていた。
自分の育った街にこんなにも紫陽花が咲いている。
そんなこと20年間住んでいて、知らなかった。
ここにも、あそこにも。
いろんな顔の紫陽花を見ながら、その家の様子を想像するのが楽しくなってきた。
その日は犬を連れ回しながら、いつもの散歩コースを外れて紫陽花を探した。
なぜだか少し興奮していた。生きている感じがした。
紫陽花を見つけたら、すかさずケータイで撮った。ベストショットを求めてバシャバシャと撮った。軒先の雰囲気も合わせて撮らないと。
すれ違う人には家の前で写真を撮りまくってる怪しい男に見えただろう。
写真フォルダが紫陽花でいっぱいになるのが嬉しかった。
私は紫陽花コレクターになろう。と決めた。
いろんな街の紫陽花が撮りたい。
そんなことを思っている間に、夏の盛りが来てもう紫陽花は枯れてしまった。
代わりに紫陽花柄のジャケットを買おう。










父親のジャケット
いつ着ても どう着ても
俺に似合わない 父親のジャケット
とっくの昔に 身長は超えて
今はずっとテレビを見てる 父親のジャケット
きっといくつかの夢を見て眺めて
それはとても大切なんだろう
少しくたびれたそれを着て俺は今
ごめんなさいを
働きつづけて 子どもを育てて
今は特に喋らない 父親のジャケット
僕はあなたの 子どもなんだろう
だってあなたと 好きな季節が同じだから
きっといくつかの恋をして笑って
それはとても輝いてたんだろう
少しくたびれたそれを着て俺は今
ロックンロールを

Jimi Hendrixと藤本さん
最近ふと思い出す。
大学の頃にカラオケでバイトしていた時の先輩の藤本さん。
藤本さんはもう長年やっている古参バイトの一人で、30代だったと思う。もっと若かったかな。俺は10代だった。
最初に会った時は、なんか髪が長くてピアスを開けてて入りたての俺にモテ自慢を繰り返してきて、痛い人だなと思ってた。
周りのバイトの人もそんな感じで接していて、藤本さんは少し浮いていた。
ある日シフトで二人きりの日があって、客の来ないカラオケ屋で話し込んだ。
ふとした話題から俺が最近ギターを弾き始めて、歌を作ってることを打ち明けた。
聞かせてよと言ってくれた藤本さんを間に受けて、俺は後日藤本さんを自宅に招いて歌を聴かせた。
今思えば拙い酷い歌だったと思うけど、藤本さんは良いね、と褒めてくれた。
これが弾けるようになったら、もっと良くなるよ、とジミヘンコードを丁寧に教えてくれた。
「ジミヘンって知ってるかい?」
多分あんまりフォークは知らなかったんだと思う。
藤本さんはめちゃくちゃギターが上手かったのを知って、ただギター自慢がしたかった当時の俺は心底恥ずかしかったけど、歌を褒めてくれたことがやっぱり嬉しかった。
俺の歌を初めて聴いてくれた藤本さん。もうきっと会うことはないだろうけど、もし会えたら感謝を伝えたい。
ジミヘンコードはまだ使いこなせてないけど。