河内宙夢 詩、日記

コウチヒロム 日記、詩、活動

12月6日

伊集院静のエッセイは軽かった。『銀座の花売り娘』

勿論それは悪い意味じゃなくて、その文章は、まとまっていて品があって、ヒップだった。そこには、日本特有の粋というか、媚態があって、諦めがあって、そしてその底には男の意地みたいなものが見えて、かっちょ良くて、何回か涙した。

それに比べると、ブコウスキーの文章はやはり重い。脂っこいともいえる。伊集院静がさらりとした冷酒ならば、ブコウスキーのそれはひどく二日酔いになる安ウイスキーみたいな感じでしょうか。でもそれがキュートで渋い。次のアルバムは『ダンディズム』にしようかな。なんちゃって。

昔、実家の自分の部屋に、飼っていた犬がうんこをしていて(その頃、家のネコも自分の部屋に糞をする習性があった!)当時は部屋の床にほとんど読んでない文庫本が散乱して居たのだけど、運悪く糞は文庫本の上にされていた。あちゃーと思って手に取ったその文庫本は、ブコウスキーの「パルプ」だった。その時僕は、ブコウスキー氏には大変失礼かもしれないけど、とても似合っていると思った。ブコウスキーの本と犬の糞。

これが、「くそったれ!少年時代」だったらもっとおかしかったんだろうけど、でも僕は、何十冊かある文庫本の中で、C・ブコウスキーをトイレに選んだ犬の文学観に感心すると同時に、犬の糞すら文学的にしてしまう、ブコウスキーにさらなる尊敬を抱いた。

日本に、犬の糞すらもかっこよくしてしまう作家はいるだろうか。別にいなくてもいいかもしれないけど、なんとなく物足りなくも思ってしまう。

アルバム完成 「さみしいとお前」

河内宙夢による自主制作盤「さみしいとお前」完成しました。定価500円。11曲収録45分。

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 ここ1、2年くらいにできた曲を、2017年夏から秋にかけて録りました。本当は5曲くらいにしようと思っていたのですが、持ち前のサービス精神により11曲収録のアルバムとなりました。一人で思いたち、一人でノートに構想を書き、一人で部屋の中録音しました。まあ、みんなそうかもしれないけど。

とても静かで、熱い楽しいアルバムになっていると思います。ライナーノートとかも気が向いたら書きたいです。

とにかくこれからいろんなところに持って行ってさばきたいです。

欲しい人は僕に連絡するか、ライブに来てくださいお願いします!

「好きって」 from「さみしいとお前」

https://soundcloud.com/5yz345t7xnrq/nulmtwxwf9aj

音のにおい

ずいぶん前に売ってしまってしばらく聴いてなかったニールヤングを、中古屋で買った。1曲目からその音楽から懐かしい土のにおいがして、良いと思った。ニールヤングの原風景。

僕は音楽からその人の原風景がにじみ出ているミュージシャンが好きだ。

特にニールヤングのにおいは強烈だ。多分それを大切にすればするほどそれがにじみ出てしまうのだろう。しかしそれはあからさまなフォークや郷土愛ではない。プラス持て余している自我。

ミシシッピジョン・ハートの曲には海が見えない、見えるのは一面の綿花畑だ。」とマスターは言っていた。

じゃあ、デヴィット・ボウイは宇宙ですかね。と言ったら笑われた。

俺は何を大切にしているのだろうか。愛か。愛ってなんだ。青春か。いい年して。

帰り道に自分の録った音楽を聴いてみた、ほのかにスペルマの匂いが漂っていた。

旅行

soundcloud.com

「旅行」

大変ね私たち いつもの街を離れて 電車に飛び乗れば

忘れ物一つ二つ 思い出してもほら

もう すぐにそれを忘れている 君は変だ 君は変だ 今日はいいか 今日はいいか

今日は今日は今日は パジャマが スカートに スカートになっている

今日は今日は今日は 電車に 羽根が羽根が羽根が生えている

ねえ うそでしょう もう夏だなんて 

ねえ これから どこか遠くへ

海が見えるよ 船が浮いてるよ 森が見えるよ 海が見えるよ 二度目

ねえ うそでしょう もう冬だなんて

ねえ これから どこか遠くへ

海が見えるよ 船が浮いてるよ 森が見えるよ 海が見えるよ 二度目

キレイだ キレイだ キレイだ キレイだ

 

 

 

多分なにかをしなきゃいけなくて、だけど何をしたらいいのかよくわからなくて、ここ最近はずっと宅録をしている。去年作った「小さな部屋」というアルバムも同じ動機でしかも同じ季節に1か月くらいで作った気がする。

今回も動機は、成長していないけれど、内容は前回と比べて進歩していると感じている。

今度のアルバムは、もうすこしちゃんと作れるかな。

2週間ほど前、友達不在の友達の家で、なんとなくクラシックの教育テレビを見ていた。そこでは、チャイコフスキーのバラードについて特集していて、チャイコフスキーのバラードをスタジオで日本人の女性が生演奏していた。

夏の昼、クーラーもつけず、パンいちで座りながら見ていた僕はなぜか泣いた。クラシックの素養などまったくないが、その時チャイコフスキーの悲しみと葛藤がピアノの音に変わって、僕の心に流れ込んでくるのを感じた。そのとき僕の人生はまたくにゃっと曲がった気がした。

ああ、音楽ってすごいなあ。今度チャイコフスキーのCD買ってみようと思った。

僕も僕の音楽で誰かの人生を少しだけでも、くにゃっと曲げることができたらいいと思っている。

7月15日

また夏が来た。お昼には盛りのついた日差しが地球を照らして、夕方には放射を終えた太陽の余熱が街を包みなんだかだらしのない雰囲気を帯びさせている。

都会の人はサングラスをして、夏を楽しんでいる。信号待ちの女はレンズにしっかりと夏を閉じ込めていた。僕は僕で派手なシャツを着て、喫茶店に逃げ込むことが楽しみなっている。

新聞を開けば、ヒアリが近くにいるらしいと港近くの街を怖がらせている。

夏と猛毒についてちょっと考える。夏は毒を助長するのだろうか。でも毒が無い世の中はつまらない。というのは勿論比喩で、本物のヒアリはいらない。僕はヒアリになれるか。ていうか本当にヒアリになりたいのか。

夏は自分の生まれた季節だけれど、べつにそんなに好きではない。だけど一番最初に作ったのは夏の歌だった。3年前、夏に彼女に振られて歌を作った。

フランスが好きでパスタが好きでホラー映画が嫌いで夏が嫌いな娘だった。

セックスも嫌いだと言っていたが本当はセックスが好きだった。(と思う)

最近サイモン・フィンのセカンドアルバムを中古屋で奇跡的に発見して、そればっかり身体に流し込んでいる。深いリバーブのかかったギターとヴァイオリンは明らかに夏向きではないけど、決してエモーショナルじゃない曲の数々を聴いていると、もしかしたらこのアルバムが制作されたのは夏だったのではないかとも思う。

あと最近見て面白かったのは、石原吉郎の『望郷の海』と寺田寅彦の随筆集と一色まことのマンガです。

 

7月ライブ

・7月6日(木)

下北沢アーティスト
オカワリコ KUMiKO 河内宙夢 佐々木祐紀

open19:00 / 2,000yen(1ドリンク込み)

・7月21日(金)

高円寺ウーハ
 開場18:30 開演19:00
河内宙夢
じぱんぐ今中
コウチシュウ
浜砂成美
2000円+ドリンク(500円)

7月27日(木)

下北沢アーティスト

河内宙夢 Lusica 徳永優介 矢田祐介

open19:00 / 2,000yen(1ドリンク込み)